私達はお客様のご注文に応じてスーツをお仕立てする縫製工場です。

ですが、一概に縫製工場と申しましてもその中は各社各様、それぞれ企業としての文化や風土、そして今を形作る人や物が必要です。
そこで、ここではこれまで当社が歩んだ道のりと今の当社の現状をご紹介したいと思います。

 ■ 当社の歴史 ■

( 創業期 )
昭和46年 当社は初代三輪俊公により創業されました。
当時は長い丁稚奉公の後、技術を習得すると皆 独立開業するのが主流でしたので、当社もまた同じように産声を上げました。
当時の仕事は主にハンドメイドスーツ縫製の下請け業務。
現代ほど大手縫製工場が林立していない時期でしたので多種多様のオーダー店のお仕立てを賜っておりました。

( 成長期 )
昭和50年代後半以降になると三越・大丸・小田急百貨店等々取引先が拡大し、一時期は英國屋の縫製を一部受け持つほどの成長をいたしました。

バブル期は、チェスターバリーなど、既製品ではありますがシルクジャケットなど素材的に縫製が難しい物を一手に仕立てていた時期もありました。

バブル崩壊後は、他の縫製工場が廃業の憂き目にあう中、堅実経営を目指し百貨店オーダーサロンからの注文を中心に、堅実に運営しておりました。

( 近年 )
昨年(H16年)初代社長が病に倒れたことをきっかけに、オーダースーツのヨシムラ吉村株式会社)のグループに入り業務提携を進め、デザイン的なバリュエーションを増やし、年輩向けオーダースーツからデザイン性に富んだハンドメイドスーツへ生まれ変わりつつあります。

 ■ 私の履歴書 ■

全てのご注文は工場長である私(吉井久勝)が責任を持ってお仕立ていたします。
私もこの業界に入り50年が経ちました。

丁稚から入り、オーダーの全てを学ぶのに20年、そしてそこから更に30年。

今では職人も少なくなりましたが、丸縫い(全ての仕立てを1人で一貫して行うこと)も出来る数少ない職人の1人と自負しております。

つたない私のキャリアですがどうぞご覧下さい。

 鹿児島県出身。
 丁稚奉公 
修業時代
学校を卒業すると地元鹿児島の小さな個人テーラーで丁稚奉公をいたしました。
その後、宮崎で約2年勉強した後、昭和40年に上京。
 英和時代 
上京した後は、当時 英國屋加工部の看板を上げていた株式会社英和(英国屋系の縫製工場)へ勤務
英和時代には、政財界の要人の顧客が多く
故田中角栄総理中曽根康弘元総理など数多くの著名人のスーツを縫製いたしました。
英國屋と英和は直接的な資本関係はないものの創業者同士が親しかったため、英國屋と同一視する向きもあります。

英和ではその後 同社内において生産管理部に籍を移し、縫製の職人から工場管理者としての道を歩み、当社(三久服装)より乞われて出向(転籍)。

当社では、取締役工場長として工場管理の他、ノーベル賞受賞者小柴教授をはじめ著名人のお仕立てを引き続き担当し、現在に至る。

 ■ 工場設備 ■

工場の設備には次のような機械があります。
ほとんどが年代物の機械ばかりですが、大事に使っている私達の偉大なパートナーです。

自動糸切直縫ミシン
JUKI製 DDL-5580 他5台
一番使用頻度の高いミシン。
カン抜きミシン
JUKI製 LK-1850
ポケットの両脇などの閂留めで使います。
ハ刺しミシン
STROBEL KL58-TK 他1台
襟のハ刺しはこのミシンで...
ロックミシン
JUKI MO-2404 他2台
千鳥ミシン
BROTHER製
芯を作る工程で使います。
ステッチマーカー
SJ-611 1台
キリビを入れるときに使うミシン。現在は製造中止のため大切に使用。
検針器
1台 仕上がりは針が残っていないかチェック
プレス機
MIURA MX101
平板、胴囲プレス
袖・ラペルプレス  前身頃プレス
上襟プレス
袖ぐり・肩周り用プレス 他 手掛けプレス台 2台
プレス機は用途に応じて8台



 ■ 工賃について ■

縫製に掛かる工賃は数量、仕様内容等々によって大きく変わりますので個別にお問い合わせ下さい。

  連絡先:03-3995-2944(吉井まで)

 ■ スタッフ紹介 ■

工場長の吉井を筆頭に皆、そこそこの歳ですが今でも現役バリバリで頑張っています!



各人については縫製作業のご紹介で個別にご紹介しておりますのでこちらをご覧下さい。
    >>> ハンドメイドオーダースーツとは?