当たり前のことですが...
スーツは立体であり、その元となる生地は平面です。

どうすれば平面である生地を立体的なスーツにするかというと...
平面の生地をそのままで立体的にすることは出来ないため、はじめに型紙でパーツパーツを分け、それを縫い合わすことで筒状にします。
そして場所によってはダーツ処理をすることで“くびれ”を作ります。
それでは、これだけで身体のラインに綺麗にフィットする立体的なスーツになるのでしょうか?
これだけでは、誰がどう想像しても画像のようなグラマラスに絞りが加わった立体的なスーツにはならないでしょう。

では、何が違うのか?

今回はこれについて考えてみました。
そのヒントになるのは、クセ取りという概念です。

クセ取りとは何でしょうか?
スーツ好きなら聞いたことのある言葉「クセ取り」
よく言われることは「アイロンワークを駆使して生地を立体的にすること」と言われますがこの言葉をしっかり人に説明できる人は多くありません。
なぜなら、これはフルオーダーだからこそ生かされる世界だからです。
そしてフルオーダーの世界の住人は皆さんがお考えになるほど多くないからです。

そこで今回は難解なクセ取りを出来るだけ分かりやすくご紹介してみたいと思います。
※画像は上越市にお住まいのYさんにご協力いただきました。

 1.基礎知識

話を分かりやすくするため今回は上着の背部の型紙で説明します。
画像が背部の型紙(ちょうど人の背に貼り付けてますから分かりやすいと思います。)
右上が首の中央付け根に当たる場所(O点:画像内右上の端)で、そこから左方向に、首周り、肩線、アームホール、脇の縫い線と続きます。
一方で背中の中心O点から下方向は背中の中心線になります。

この中で、皆さんから見てどこを一番立体的に作りたいかと言えば、“ウエストの美しい絞り”かと思いますが、技術的にはウエストの細さだけではなく背中の肩胛骨部分の膨らみからウエストにかけて身体がS字にシェイプされているラインをどうやって作るかが重要です。

特に、背部は型紙で絞りを加えることが出来てもダーツ処理などでは絞りを加えないのが一般的ですから技術力が生きるところです。

〜ちなみに...〜
本稿の趣旨(クセ取り)とは全く異なりますが、既製服やパターンオーダーの世界ではこのウエストの絞りを出すため、主として型紙を操作することで対応しています。
こういったスーツは画像のように背中からウエストにかけてストライプの線が背中心で極端に消失するような仕上がりになっています。
これはこれでハッとする見た目で素敵ですが、ハンドの場合はもっと立体的に物事を考えています。


  2.事前準備

これを説明するに、特殊なメッシュ状の網を使って説明します。
メッシュのこの網は洋服の生地と同じようにタテヨコ90度で交差して出来ています。
しかし、この網は簡単には目が詰まらない一方で、ナナメからの力で90度の交差が変化し、90度の交差で出来た正方形はヨコからの力でひし形に変形します。



  3.クセ取り(アイロンワーク)とは...

クセ取りのアイロンワークとは、この
正方形になっている生地の目(地の目)を変形させひし形にすることを言います

???
正方形をひし形にすると何で立体になるの
???

そんな声も聞こえてくると思いますが、この先は動画で説明いたします。>>>

いかがでしょうか?
平面の生地にもかかわらず、肩胛骨の部分に膨らみが生まれ、そこからウエストにかけてS地シェイプが生まれるのがお分かり頂けたと思います。

動画のメッシュ状織物では簡単に立体に出来ましたが、それでは実際の生地ではどうなのでしょうか?
実はこれは動画ほど簡単には出来ません。
生地の性質(素材・糸番手・織り密度)にも大きく左右されますし、プレスにかける時間、技術力に応じて結果は自ずと変わります


  4.具体的には...

では、クセ取りをしたスーツがどのような形になっているか実際に見てみましょう。
画像は、仮縫い段階の物ですが分かりやすいように10cm四方でマス目をを入れてクセ取りを行いました。

すると...本来は直線であるマス目が画像のように緩やかにカーブを描いています。
ピンク色の線が直線ですので比べるとS字になっているのがお分かり頂けると思います。

横から見ると、こちらもこのような状態で柔らかにカーブしています。

これは実際には赤線のような方向で複雑にクセ取りを行うからこそ、このようなS字の綺麗なラインが現れてくるのです。
(蛇足ですが、赤線の左上の方向へクセ取りを行うことで肩線が前に向き、肩入れがし易くなります。フルオーダースーツの着心地が良い理由の一つです。)

一方で、目印を付けた10cm四方のマス目も少し変形しています。
しかしこれは身体の立体面にフィットすることで実際の仕上がりでは違和感は感じられないようになります。

いかがでしょうか?
背中に吸い付くようなシルエットが出来そうな感じがしてきたのではないでしょうか?

  5.最後に...

スーツの絞りでは、よく背中心に向かってストライプの柄がどれだけ消えていくか、で絞りがどれぐらいか指摘される方がいらっしゃいますが、本当の立体的なシルエットというのはこういった型紙上だけの絞りではないことがお分かり頂けたと思います。

そしてこうしたクセ取りの作業はメッシュ状になっている生地の特性を熟知した物がたっぷりの時間を掛けて丁寧に作業しなければ出来ず、こればかりはコスト意識の厳しい既製服やイージーオーダー、パターンオーダーの世界では技術的にも時間的にも限界があるのです。

生地は生き物です。

地の目を変形しやすいクセ取りの容易な生地もあればやりにくい生地もあります。
またお客様の体型ごとにクセ取りの量も変わります。
肩胛骨の張り、腰骨の張り、ふくらはぎの張り etc...
どこのパーツでどれだけクセ取りするかを仮縫いを通じ正しく見極め、それをじっくり時間を掛け立体的に縫製するそれがハンドメイドのオーダーなのです。


・・・ 補足 ・・・
このように立体的に仕立てると、次にクリーニングやメンテナンスをした時に、せっかくの膨らみが消えてしまうのでは?歪んでしまうのでは?とお思いになる方もいらっしゃるかと思います。

....が、これは立体的な状態で縫い上げていますので、平面に押しつけプレスしてしまうと歪みますが、普通に蒸気を与えて吊しておけばウールの素材特性である復元性で元の状態(クセ取りをした状態)戻ります。

肩に厚みのある良いハンガーを使って保管すれば通常はS字のシルエットは維持できますのでご安心ください。
気になる方は、水洗いメンテナンスにお持ち込み頂ければこういったプレスも含めてメンテナンスいたします。